バッファロー ウエットスーツについて

 バッファローウエットスーツは、全てカスタムメイドとなっております。

BUFFALO WETSUITSのカスタムメイドへのこだわり

 

 当時日本国内にはサーフィン用ウエットスーツメーカーが無く、

当時のサーファーはみんな、海外のウエットスーツブランド しか手に入れる事が出来ない時代でした。

当時のウエットスーツは今のようにインターネットも無い時代でしたから手に入れるにはとても大変な時代でした。その頃のウエットスーツは「高価な割には質もそれほど良くない」、「サイズも全然合ってない」そんな感じでウエットを着て波乗りをしておりました。ウエットスーツを友人達と交代で着て波乗りをし、着れない友人達は浜で焚き火にあたりながら「次は俺の番だから早くウエット貸せよ」みたいな時代でした (笑)

ちょうどその頃、唯一日本で初めて出来た国産のウエットスーツメーカーのビクトリーウエットスーツに出入りしてる内にいつの間にかバイトから始まり、いつの間にか気がついたら入社しておりました。(笑)

当時のビクトリーウエットスーツは海外の大勢のトッププロサーファー達をサポートする大きなウエット会社で、毎日夜中までウエットを作っておりました。

その後大手ウエットスーツメーカーの「ホットライン」等を経て1987年独立をし、

現在のバッファローウエットスーツを設立致しました。

ビクトリーウエットスーツの妥協を許さない職人魂を受け継ぎ、当時を振り返り、

お客様には「低価格」で、それでいて「高品質」な「身体にフィットするウエットスーツ」を一着一着思いを込めて製作し、お客様に提供していきたいと思っております。

                                  山田 清

バッファローウエットスーツ    代表   山田 清

 

 

1965年頃に茅ヶ崎海水浴場 ( 現サザンビーチ )に海水浴に来た時にたまたま初めてサーフィンをしている人達を見て「これだ」と衝撃を受け私の波乗り人生が始まりました。

当時は、仕事が終わってから真っ先に海へ向かう日々でしたね~雪が降ろうが、雨が降ろうが、波が大きかろうが、とにかく時間があれば波乗りをしましたよ。(笑) 

最近はもう若くないので波乗りは一休みして、日課である早朝の散歩、

現在私の生きがいでもあるハーレーダビッドソンで時間があるときは、

バイク仲間とランチツーリングなどを楽しんでおります。

また観葉植物や、南国系の花が好きなのでよく熱帯植物園がある伊豆方面にドライブに行きますので、見掛た際にはお声を掛けてください。

 

ウエットスーツ職人ひと筋にやってきましたので、ウエットスーツに関するお悩みなどがありましたら是非お気軽にご相談ください。

 



Infomation

CONGRATULATIONS!!

 

Alohagirl Cup 2017

スペシャルクラスで、矢野このみ選手が見事優勝いたしました。

 

10月8日辻堂海岸にて行われたAlohagirl Cup 2017 スペシャルクラスで、

バッファローウエットスーツがサポートする「矢野このみ」選手が見事優勝致しました

みなさまの温かい声援、応援ありがとうございました。